旭太郎とは?
手塚治虫、小松左京、松本零士の三氏が大絶賛、日本のSFストーリー漫画がこの名作からはじまった、とあっては是非とも読んでおきたくなる大城のぼるの『火星探検』だが、読もうとして驚いたのは、この作品、旭太郎が原作ということだった。
旭太郎とは実は小熊秀雄のことで、と書いてわかる人も少ないかもしれないが、「池袋モンパルナス」の名付け親とも言われる北海道生まれの詩人・小説家である。私は、かつてアルバイトをしていたバーのマスターが一番好きな詩人と言っていたことをたまたま最近思い出し、ちょうど岩波文庫の『小熊秀雄詩集』を読んで、その力強さに心を動かされたところだった。かつて小熊秀雄の詩ほどわかりやすく視覚的イメージを広げてくれる言葉を操り、土臭さと優しさとが同居し、まっすぐ響き、心臓が震えるほどの衝撃をもたらす詩は読んだことがなかった。解説で知った、その軍国主義や権力者を諷刺し、社会の矛盾に敏感であり続けたという生き様もまた強烈なものであった。
小熊は「子供漫画論」のなかで「赤本漫画」を他人の子供に平気で売りつける粗悪漫画の出版業者を非難しつつ、「子どものためになる良い本を出せば、それですべてが解決するのである」との改革ののろしをあげている。「子供出版物はあくまで有益なものでなければならない」とも述べている。小熊が漫画台本を書くうえでの覚悟のほどがうかがわれるのである。
(大城のぼる画、旭太郎作『火星探検』)
彼が童話もたくさん書いていたということは知っていたが、抵抗的な詩人としての彼と、この上品かつ呑気でほのぼのとした『火星探検』はすぐに結びつかなかった。しかし、戦前〜戦後の漫画史を知る上でも有益な『火星探検』収録の高橋康雄の上記文章でなるほどと思った。
『火星探検』初版は昭和15年に発行されている。田河水泡の「のらくろ」シリーズにしても、当時の漫画家のスキッとしてモダンな画のデザイン感覚は今も新しく、当時では想像も出来なかったほど科学が発展した現在でも、または現在だからこそ夢がありわくわくする。手塚治虫や松本零士、藤子不二雄などによるその後に続くSF漫画の原点を確かに『火星探検』から読み取ることが出来た。
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