稀覯書のデジタル画像化

図書館や美術館によるデジタル化プロジェクトについてはかなり前から新聞でも取り上げられており、慶應大学のHUMIプロジェクト(稀覯書のデジタル画像データの制作と研究)についても気にはしていたのだけれど、今回高宮利行著グーテンベルクの謎』を読むまで、ウェブ上でその成果をみる機会を見送り続けてしまっていた。

http://www.humi.keio.ac.jp/jp/treasures/incunabula.html

小説等もインターネットで読むことが出来る時代になったてから久しいけれど、私は本を手にとって読むのが好きなのでオンラインで小説を読むことは滅多になく、可能な限り本を入手して読んでいる。でも、グーテンベルクの「四二行聖書」のような稀覯書は手に取りたくてもそれはまず不可能なので、こういう資料のデジタル化によって、インターネットやCD-ROMでどんどん今までより手軽にデータを入手できるようになってきたことは、素晴らしいことだと思っている。

グーテンベルクという人物には伝記的な情報が欠如しており、その生涯について論ずることは難しいようだ。謎につつまれているからこそ彼の生涯については、断片的な証拠から想像力による様々な解釈が生み出されてきたらしい。表向き鏡職人であり、彼の発明は当時妖術と思われていたらしい、というそれだけの情報から、私も自分なりに想像力を膨らませたくなってしまった。

この本の中で思いがけず、好きな言葉に関するエピソードに出会うことが出来た。ラテン語の「悠々として急げ(Festina lente)」という言葉に関するエピソードなのだけれど、これは西洋の書物史や印刷・出版史に金字塔を打ち立てたひとり、ヴェネツィアのアルドゥス・マヌティウス(1452年頃〜1515)の印刷本につけられた「錨とイルカ」の意匠のモットーであったようだ。

…地中海諸国では古来から人間とイルカの交流はよく知られていたらしい。アルドゥスは友人から与えられたウェスパシアヌス帝の銀貨の裏側の意匠にヒントを受けて自分の印刷者マークを考案し、それを見たエラスムスが「錨は仕事を始める前の熟慮を意味し、イルカは仕事を完遂する早さを意味する」と解釈したという。エンブレム全盛のルネサンス・イタリアならではのエピソードである。(高宮利行『グーテンベルクの謎』)

この本を読んだ後に、HUMIプロジェクトのページをみたということはとても面白い経験であった。インターネット上でも、探そうと思うとこの本に書かれていたような情報はどこかで見つけられると思う。本を読まずにページだけをみて活字印刷が生まれた頃のヨーロッパを旅するのは不可能ではない。でも、私は本を読んだことでその旅をスムーズに進めることが出来たと思う。本を読むことにより、ウェブ上で迷うことなしに見たい画像を見ることができたと思う。(旅先で迷うのも嫌いではないけれど)

実現までには少々時間がかかりそうだけれど、本に紹介されていた東京入船の「ミズノ・プリンティング・ミュージアム」、東京に行く折には是非ここに行ってみたい。
http://www.mizunopritech.co.jp/museum/index.html

グーテンベルクの謎―活字メディアの誕生とその後

グーテンベルクの謎―活字メディアの誕生とその後