ある日

武田百合子『日日雑記』は1988年から1991年まで3年間にわたり、マリ・クレール誌に連載された文章が本になったもので、1992年初版発行、百合子さんの最後の本である。文章が必ず「ある日」ではじまるので、今日のタイトルも「ある日」。
何でもなさそうな日常(食べ物のことや観た映画のこと、ニュースで気になったことについてなど)が書かれているだけなのに、どうしてこんなに惹きつけられるのだろう、と思う。百合子さんの文章を読んでいると、彼女の人柄が(他の人の文章を読むとき以上に)じわーっと伝わってきて、まるで近所に住んでいて実際に知っている人であるかのような気になってくる。ほのぼのとしているようなのに厳しいところもあり、すごく自由な感じ(違う言い方をするなら捉えどころのない感じ)は、少女のようだ。

今回綴られた日常には「死」に関する場面も多く、武田泰淳がいない寂しさも文章のところどころから感じられたけれど、たぶん百合子さんが世界に対する好奇心のようなものをずっと持ち続けていたからなのだろう、百合子さんの視点によって可笑しく感じずにはいられないものに生まれ変わった小さな出来事がたくさん織り交ぜられていて、不思議と暗い気分にはならなかった。説教くさいことなど全く書かれてはいないけれど、「死」や「喪失」も日常の一部であるということをそれとなく教えてもらったような気がした。

日日雑記 (中公文庫)

日日雑記 (中公文庫)