ハシェクの風刺短編集

ヤロスラフ・ハシェクの作品は読んだことが無かったのだけれど、チェコに行った折、彼の代表作『よき兵士シュヴェイクの世界戦争中の運命』で主人公シュヴェイクが通ったとされる酒場に入ったことがあるので、機会があれば読んでみたいと思っていた。
ハシェクの作品は日本ではあまり多く出版されていないようで、書店で見かけることは少ない。だから、ヨゼフ・ラダのイラストが魅力的な『不埒な人たち―ハシェク風刺短編集』を見つけた時は、大喜びして即購入したのだけれど、それ以来2年近く頁を開かなかった。理由は「風刺」という言葉に怖気づいていたからだと思う。そんなに大げさに考える必要はないのかもしれないけれど、「風刺」って何が風刺されているのかわからなければ面白く思うことが出来ない。興味はあるけれど、社会的背景もよく知らないチェコという国の作家による風刺作品を自分はまだ面白いと思える段階ではないのだと思い込み、それを本当に楽しめるようになるまで寝かしておこうと思っていた。
それが、今回なぜ読むことになったかというと、自分がどのくらいわからないか、試しに25編中のひとつだけでも読んでみようかという気にふとなったからで、準備が調ったからではない。
ここまで構えて読みはじめた本だったけれど、結果的にこの本を読むために特別な予習は全く必要なかったようで、上手い噺家の落語を聞いているかのように面白く読むことが出来た。この本にはハシェクの略歴もついているが、強いて予習したほうが面白いかもしれないことを挙げるなら、作家の略歴についてくらいだと思う。例えば「幸せな家庭」や「犬類学研究所」という話はハシェクの略歴を知るとますます面白くなる。

乱脈な生活の中でも恋は生まれた。そして、「結婚したいなら定職に就け」という恋人ヤルミラの親たちの要請により、友人の世話で『動物世界』誌の編集者になり、珍奇な架空の動物記事などを書いて事態を糊塗したりする。しばらくは「幸せな家庭」に耐えていたが、ハシェクの生活はまた乱れはじめ、自立の試みとしての「犬類学研究所」の開設も失敗し、自殺未遂で精神病棟に収容されることさえあった。(ヤロスラフ・ハシェク『不埒な人たち―ハシェク風刺短編集』訳者による解説より)

ハシェクの風刺の対象は、なによりも権力・金力・知力をひけらかす連中、具体的には政治家・役人・軍人・実業家などで、王侯貴族・聖職者・学者や教師も槍玉にあげられている。しかし、個人攻撃というよりは、その個人が属する階級全体を浮かび上がらせるような筆致で、ある種の社会性を意識させる。そして、注目すべき点の一つは、作品のほとんどが、作者自身の経験と結びつけられることである。不良の悪戯児で、動物好きで、飲んべえで、法螺吹きで、でたらめであり、とくに威張っているやつを見るとどうしてもからかいたくなる、不埒な人間であったハシェクは、持ち前の奔放な想像力を駆使して、自分の観察した現実を客観化した作品に仕上げたのである。(ヤロスラフ・ハシェク『不埒な人たち―ハシェク風刺短編集』訳者による解説より)

カレル・チャペックの作品より若干毒のあるハシェク作品の魅力を知った。兵士シュヴェイクの話も早く読みたくなった。

不埓な人たち―ハシェク風刺短編集

不埓な人たち―ハシェク風刺短編集