踏切のある風景

石田千『踏切趣味』を読んだ。視力を失った者として、石田さんの肩に摑まりながら都心の下町をぐるぐる巡って帰って来たような気分だ。石田さんの見たものの詳しい描写が彼女の視線の移行に伴い、平均すると2行くらいで段落を変え並んだ文章なのだけれど、読んでいるだけで、踏切のある風景が360度目前に開かれているような気になる。視覚的な描写にとどまらず、視覚以外の五感もきちんと刺激する文章ではあるけれど、視覚的な印象の強い本だった。これと言って珍しい風景を描写しているわけでもないのにすごい。どんなに面白い紀行文を読んでも、その著者と一緒に旅をしている気にはあまりならず、あくまで旅行の土産話を聞いている気分にとどまるのだけれど、今回は、「今度私も行ってみたい」とは思わず、「ああ、楽しかった」と既に行ってきたような気になっている。私はこれほど3D感覚を味わうことの出来る文章をこれまであまり読んだことがないので新鮮な読書体験だった。
石田さんは、俳句をしている人のようだけれど、俳句をしている人ならではの文章という感じもした。歯切れ良く、短い言葉にまとめられた情景の描写によって、石田さんが何を感じたのかきちんと伝わってくる。直接的に、「○○と感じた」とか「○○と思う」などと書かれた文章より、ずっとかっこいい。(なかなか真似できないなぁ……)

踏切趣味

踏切趣味