リベラーチェの功績
川本三郎著『本のちょっとの話』を読んで得た一番大きな収穫はリベラーチェという人物を知ったことだ。私は、1950年代に非常に興味を持っているので、この時代の特にアメリカに関する本や映像には出来る限り触れてきたつもりだったのに、当時人気者であったこのピアニストを不覚にも知らなかった。このピアニストは紛れもなく1950年代のアメリカを理解する上で欠かせない存在だと思う。
テレビが一般に普及しはじめた一九五〇年代のアメリカで、一人のピアニストが人気者になった。
テレビをつけるとこの男が出ているというくらいの人気で一年間に軽く百万ドルは稼いだ。一度観たら誰も彼のことを忘れられなくなる。なにしろその格好が恐るべく派手なのだ。
ピアノは真白なスタンウェイ。ときにはプラスチックの透明なピアノも登場する。ピアノの上には決まってルイ一四世が使っていたという燭台のイミテーションが置かれている。
そして本人は、ミンクのコートを着て、身体じゅう宝石で飾りたてる。指にも宝石がちりばめられている。その格好でモーツァルトやショパンをこれ以上はないというくらい甘ったるく感傷的に弾いてみせる。
この“動く悪趣味”が五〇年代のアメリカで人気者になった。とくに中年以上の女性の心を虜にした。奇抜で派手な衣装もさることながら、ピアノを弾きながらよく“愛するママ”の思い出を語り、それが女性たちを泣かせたためという。(川本三郎著『本のちょっとの話』)
この説明を読んで居ても立ってもいられなくなり、早速YouTubeで検索してみたら、ものすごい数の映像がヒットしたことにまず驚いた。亡くなった今でもファンは数多くいるのだろう。とりあえず笑えるので彼を知らない人には一度映像をみてみることをおすすめしたい。
この特異な人物について調べているうちに、彼がゲイであったことがわかったので、手元において辞書的に使っているポール・ラッセル著『ゲイ文化の主役たち』でもリベラーチェについて書かれたページを読んでみた。マッカーシズム旋風の吹き荒れた50年代という保守的な時代に見るからにゲイ的であったリベラーチェという人物がどうしてショービジネス界のスターになり得たのか、気になっていたところをうまくまとめてあったので引用して終わる。
リベラーチェの功績は次のような点にあるだろう。五〇年代は抑圧的な時代だったけれど、リベラーチェはそこに風穴を開けて、全米のお茶の間に「ゲイ」という要素を送り届けた。ただし、正面切ってゲイですよと言うような無分別なまねは、彼はしなかった。かわりに身をもってゲイの何たるかを(少々極端すぎたような気もするが)、人々に知らしめてくれたのだ。(ポール・ラッセル著『ゲイ文化の主役たち』)
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