HOUDINI

アメリカでスピリチュアリズム心霊主義)全盛の20世紀初頭、にせもの霊媒師が数多く存在し、多くの人々が食いものにされていた。そんな中、いんちき霊媒師を撲滅すべく敢然と立ち上がった男がいた。

奇術師としてのヨーロッパ巡業先で最愛の母を亡くし、その後なんとか母の遺言を聞き出そうと自ら9年もの間、藁にもすがる思いで降霊会に参加し続けていた彼が、一転し、人の弱みにつけ込んで私腹を肥やしている霊媒師たちを撲滅しようと思い立った経緯にはとても納得がいく。

科学が目覚しい速さで発展をとげる中、日本においても丸尾末広が描くような見世物小屋や衛生博覧会が人気を博していた頃、アメリカにはダイム・ミュージアム、10セントで入れる三文博物館があった。貧しいハンガリー移民の子であったフーディーニは、そこではじめてショーを観た瞬間から奇術の魅力に取りつかれることになる。

綾瀬麦彦著『フーディーニ いかさま霊媒師対天才奇術師』には、1900年代初期の見世物小屋の外観やポスターなど魅惑的な図版が数多く掲載されていおり、その絵がやはり日本の見世物小屋の看板同様、実際のショー写真以上に妖しい魅力を放っていた。

フーディーニが得意としたのは手錠をかけられてパッキングケース、ミルク缶、水中などから脱出する芸。娯楽性をを重視する奇術に対し、肉体を賭けた命がけの奇術だ。宿命として後者を生業とするものは、より危険度の高いことに挑戦し続けなければならなくなる。

貧しい生活で苦労した母やよきパートナーとしてフーディーニを差支えた妻は、たとえ富を手に入れても当然フーディーニの姿をみて心配で嘆き悲しむことになる。

見世物につきまとう死と紙一重の恐怖を、今の世の人は事件の実況生中継をテレビで体験するくらいだろうか。映画時代の到来を眺めつつ、フーディーニは1926年52歳でこの世を去った。『フーディーニ いかさま霊媒師対天才奇術師』のラストで、彼が聞いたように感じる母の遺言はなかなか泣かせるものであった。

そんなフーディーニをモデルにした『魔術の恋』という映画もあるようだ。

魔術の恋 [DVD] FRT-054

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