For your first AOMORI−第二話−BORO篇

BOROをご存知だろうか。いまやアート、テキスタイル・デザインの分野では共通語で、染織美術や現代美術のコレクターがこぞって買い求めたり、ニューヨークやミラノのギャラリーで展覧会が行われるほどになっているテキスタイル・アートだ。

そのBORO(ぼろ)文化を育んだのが青森である。寒冷地の青森では綿花の栽培が出来ず、農漁民の日常衣料は麻布だった。「泣いてあやぐる形見分け」(肉親が亡くなると遺族がその着物を泣きながら取り合うという意味)という諺があるほど、大正時代くらいまで、青森において衣服は金銭同様に大切なものだったという。江戸時代、関東・近畿で農民の常用着として普及していた木綿が東北地方にも流通するようになったのは明治24年東北本線開通後からだと言われるが、山間部での普及はそれより遅れた。おまけに藩政時代を通じては農民が木綿を着用することは禁じられていたというので、青森の人々はどんなに小さな布切れでも大変な貴重品として大切に取っておき、すり切れた衣服や布団に縫い合わせて補修に使ったり、麻糸とともに織り裂織にしたりと再利用してきた。また、布と布の間に麻屑を入れたり何枚も布を重ねることで温かくする工夫をしたりと、布を大切に利用してきたのである。

そんな雪国・青森の貧農の生活の知恵から生まれた”BORO”と呼ばれるテキスタイルを、実際手にとり触れてみることができるかたちで展示しているのが「AMUSE MUSEUM」だ。http://www.amusemuseum.com/
例えば、冬の夜、家族が裸で身を寄せ合い被って寝たと言われる着物の形の掛け布団、ドンジャは重さ14キロ。重ければ重いほど温かかったのだろう。持ち上げてみることで、実際それを被って寝ていた家族のことをよりリアルに感じることができる。BOROは、身体を保護すること、動きやすいことが重視されているものの、デザインもきちんと考えられて作られていたのだろうか。布の配置、配色、糸使いのバランスがとても美しい。貴重品だった布をそんなに粗末に扱うはずも無く、時に大胆な糸使いからも丁寧さや布に対する敬意、慈しみのようなものが感じられる。服も何着も持っていなかったのだろうから、まるで自分の身体同様だったのではないだろうか。そして、何代にも渡って使われたものだからこそ、お母さんやお祖母さんへの想いも布に込められていたのだろうと思う。隙間風が入り寒くないように体にぴったりフィットするように作られた肌着、藍で染めると虫がつきにくいと言われていたためか藍色に染められたものが多い衣服、ものをつかむ部分を刺し子で補強した手袋の数々……コレクションの中には収集した田中忠三郎氏のお祖母様が遺されたという、自分が老いて寝込んだ時用の腰巻や大人用おむつ、死装束までもあるという。

貧困の象徴として蔑まれ、恥ずかしさと共に葬り去られようとしていたBOROを「ボロやがらくたを収集、調査している」と、長い間痛烈な批判と冷笑を浴びながらも、40年にもわたり収集してきたのが田中忠三郎氏である。彼の地道な努力なくしてはこのBOROの大半は棄てられており、私も死ぬまで目にすることが出来なかったことだろう。1975年には寺山修二の田園に死すで、1990年には黒沢明『夢』の衣装として使用されているBOROや田中氏のことは、「AMUSE MUSEUM」でのみ販売されている田中忠三郎著『物には心がある。-消え行く生活道具と作り手の思いに魅せられた人生』に詳しい。

家族が寝静まった夜更けに、女性たちが何代にもわたって布を長持ちさせるために再生し、利用し続けてきたBORO。100円SHOPでも大きな布が手に入り、使い捨て感覚で布を使う現代の我々には到底まねすることの出来ない暮らし方。今後生み出されることは無いであろうテキスタイル。年月を経て、色も褪せ、まさにぼろぼろなのにその存在感と美しさからはそれを使った人々の温もりも感じられる。BOROは、残念ながらそれをはぐくんだ青森にではなく、東京は浅草にある「AMUSE MUSEUM」に常設展示されているが、創設者は田中氏と同じ青森の海辺の町に生まれ育った方とのこと。(ちなみに田中氏が10年間無給で注力した青森市の歴史民俗資料を展示していた博物館「稽古館」が市の財政難によって閉館してしまっているのは残念なことだ。)

青森で育った私がBOROを見てふと思ったことがある。それは、青森の海沿いなどに点在する小屋の色合いにBOROが非常に似ているということだ。小屋も簡易なものだから北国の厳しい自然に晒されてよく壊れたのだろう、さまざまな色の板やトタンでつぎはぎの補修がなされている。そしてその色合いと風情がBOROと良く似ていると思うのだ。青森の空の色、土の色、海の色、自然の色とも似ている。意図したものではないだろけれどBOROと小屋が似ているのはとても面白い。そんな小屋が多く紹介されているのが写真集中里和人『小屋の肖像』だ。そして、すぐに「AMUSE MUSEUM」に行くことが出来ないという方には、小出由紀子,都築響一 『BORO―つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』をおすすめしたい。

BORO―つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化

BORO―つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化

小屋の肖像

小屋の肖像