サマセット・モームの『読書案内』

体調が悪く寝て過ごすことが多くなるとどうしても薄い文庫や新書しか読めなくなる。本棚にあった薄い本ということでW.A.モーム『読書案内』を読んでみた。モームはここでとりあげる本について、第一にその書物が楽しく読めるという条件を求めた。ただし、モームの意図する楽しく読めるということは、注意力をぜんぜん用いないで読めるということではない。読者は少なくとも人間に関する事柄に好奇心をもち、ある程度の想像力を働かせる必要があり、想像力不足により、小説にあらわれた思想を理解することも、作中人物に共感することもできなければ書物は楽しく読めないとする。その上で、普通の興味をもつ者なら、その人の心に訴えるところがあるだろうとされる書物をモームはこの本で推薦したとのことである。したがって、たとえば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』について、楽しんでよむことができるかどうか、については、以下のように説明している。

だが、いま『カラマーゾフの兄弟』の話をする段になってみると、わたくしは躊躇をおぼえる。この力づよい、悲劇的な、しかし分量のひどく多い小説を、はたして楽しんでよむことができるかどうか、疑問に思えるからである。もっとも、楽しくよめるかどうかは、あなたが何を楽しむかによってきまってくる。もしもあなたが、海上における暴風雨の光景、おそろしいが、すばらしい山火事の情景、大河が洪水をおこして荒れ狂う姿、このようなものを見て楽しむことができるというのであれば、『カラマーゾフの兄弟』をよんでも、きっと楽しくおもわれることだろう。だが、わたくしはまた、わたくしがお話するのは、よまないでおくと、それだけ損失を蒙るような書物、なんらかの形であなたの精神的な富をまし、あなたが一層充実した生活を送る上に役立つような書物だけにかぎるともいっておいた。わたくしは、『カラマーゾフの兄弟』は、いま作りつつあるリストに当然とりあげられていい書物であり、しかもおそらく、他のいくつかの書物とともに、最高の地位を占めるものであることを、固く信じて疑わない。(W.A.モーム著『読書案内』)

各評が、その著者や書物についての知識が皆無でも問題なく読める本であった。ところどころに読書の楽しみや読書の仕方といったモームなりの考えが散りばめられており、一気に読んでも飽きさせられない。新聞や雑誌の感覚で気軽に読めるガイド本だ。
アメリカ文学の章は、アメリカ文学について語る時、それが英国人の立場からよんでいるものであるため、ある種の偏見をまぬかれないと、若干自信なさげな前置きがあった上で書かれている。私の敬愛するソーローに関する評がいまひとつだったのは個人的に残念だ。

読書案内―世界文学 (岩波文庫)

読書案内―世界文学 (岩波文庫)